尽きせぬ自由 2013/09/02

おはようございます!

今日もやすひさからのメッセージ、受け取って頂きありがとうございます!

昨日は色々なことが終わりました。

揚げコンを昨日開催したのですが、無事終りました!

想定を上回る来場者数で、40-40くらいになると踏んでいたのに、50-70みたいな状態で焦りつつも一生懸命皆に助けられて無事終わることができました。

岡空事務総長もいつの間にかエントリーしていて(笑)、既婚(ムネ)席に何気に鎮座していて焦りつつも、美味しい唐揚げを楽しんでもらえた模様です。



ええ、そうですよ。

ムネは完全にほったらかしたので、最初と最後しか会っていません(笑)

あ、途中で未婚(モモ)の様子を心配して見に来てくれました。

その時すれ違った気がします。

金曜日には事務総長の体験レポがある!…かもしれませんね(笑)




そして、夏休みが終わりました。

学生の方々は、一番気が重い瞬間が終わりましたね。

後は野となれ山と成れ。

宿題終わっていない子は、開き直るしかないですからね。

毎日楽しく遊べてよかったですね。




そして、宮崎駿監督が監督業を終えました。引退です。

残念ですね。

やすひさは小学生の時風の谷のナウシカに出逢い感動し、そこから2作目の天空の城ラピュタを100回以上は軽く見ていて、大体セリフとか言えますが、多分これから何度も何度も繰り返してみると思います。

最後の作品『風立ちぬ』はファンタジーでなく、ずっと続いてきた「の」が無くて一人で勝手に驚いていましたが、引退のニュースを見て納得しました。

ヒットの方程式「の」を入れる必要は無く、見たい人だけ見ればいいという境地に至ったのかもしれませんね。

ああ、「の」の法則ってのが宮崎映画にはありまして、風「の」谷「の」ナウシカ、天空「の」城ラピュタ、となり「の」トトロ、、、と、すべて「の」が入っているんですね。

鈴木プロデューサーのこだわり?みたいな話を聞いたことがありますが、風立ちぬではそれをやめたことに何の意図があるのか今日まで読めていなかったんです。という話しです。




さて、今日は【自由】の話しをしてみたいと思います。

あなたは自分が自由だと思いますか?

やすひさは少しの不自由と大部分の自由で構成された世界に生きていると思っています。

少しの不自由は、お金ですかね(笑)

何かを欲しいと思っても、そんなにお金に余裕があるわけではありませんから、そうそうに自由に買うことはできません。

その他には、やすひさが勝手に暴走しないように自分で若干の不自由な場所に身を置くようにしていたりします。

後はやりたいことをやり続けられるように色々考えたり怠けたり頑張ったりするんですけど、完全に自由です。

少しの不自由は自分から望んでいるところがある気がします。

ましてやその不自由も選んでいる気がしています。


で、徹夜明けでだいぶ眠いのでサクッと言いたいことを言わせて頂くと…





  不自由は自分で選んでいて、自分で不自由をコントロールしている





ということです。

脳ミソは、当人が望んだことに向かって進もうとする慣性(感性)の法則があります。

ただ、脳ミソはそれほど優秀ではないので、自分が少しでもマイナスに思っていることにはブレーキをかけます。
安全装置とでもいうのでしょうか。かかりますよね。

表っ面(いい!)って思っていても、(でもなぁ…)と思っているブレーキがかかってきます。

自転車でペダルを目いっぱい踏み込んでるけど、手でブレーキをガッツリつかんで離さない感じ。


で、更にいうと、自由は不自由との比較によって感じられる「0(ゼロ)」の概念に近いものです。

昔は0なんて無いものを数えるというのはあり得ないはなしだったんですが、インドで0が考え出されてそれ以来0があるようになりました。

1と2では在ると在る。でも0と1では無いと在る。

在る世界にいる限り無いものは見えないわけで、無いという0は驚きの概念だったはずです。

水の中にいる魚が、自分は水の中にいるとは思わないわけですよ。


ある時、上の方でキラキラしている方に全力でぶつかってみようと思ってぶつかった結果、「あ、俺って水の中にいたんだ」と在る世界と無い世界を比較できるわけです。


じゃあ、水の中が良いのか、水の外の方が良いのか、どっちですか?


どっちもどっち、どちらでも良いですよね。

危険という概念で考えればどちらも変わらないでしょうし、地上には重たい重力というものがあるけど、水中は浮力というものがある。

いつも水中にいたら、そりゃジャンプもしてみたいでしょうし、ずっと地上にいたら暑いから水の中に入りたくもなるわけですよ。


自由も同じの様な気がしています。


自由の中に不自由があることで、より自由は自由であることができるし、
不自由の中に少しの自由があることで、この少しの自由を尊いものとして扱える。



あなたが望む自由と不自由の最高の配合ってなんなのか、考えてみるのも面白いかもしれませんね。



それでは、おやすみなさい^^


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